京都ホテルトラベル

京都の観光や旅行の時の一人旅の旅行記と感想。

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聖護院八ッ橋総本店と井筒八ッ橋本舗。

聖護院八ッ橋総本店と井筒八ッ橋本舗

聖護院八ッ橋総本店の八ッ橋について

江戸時代中期の事です。
八橋検校という人物がいました。

八橋検校と書いて、読み方は「やつはし けんぎょう」です。
彼は、箏の名手であり作曲家でもありました。

彼が作った「六段の調べ」は、名作と言われています。
その才能から、近世筝曲の開祖と称えられている人物です。

八橋検校が亡くなると、金戒光明寺の常光院に葬られます。
そのお墓には、墓参に訪れる人が絶える事がありませんでした。

そこで、琴に似せた干菓子を作ります。
その干菓子は「八ツ橋」と名付けられました。

そして、黒谷参道にあたる聖護院の森の茶店で販売されます。
それが、聖護院八ッ橋総本店の八ッ橋の始まりです。

元禄二年(1689)の事になります。
聖護院八ッ橋総本店の八ツ橋は、元禄二年(1689年)に誕生しました。


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井筒八ッ橋本舗の八ッ橋について

八橋検校は、物を大切にする人物でした。
ある日の事、井筒茶屋の主人が飯びつや桶を洗っているのに気づきます。

そして、主人に残った米を捨てるのはもったいないと諭しました。
その後、残った米を利用して、堅焼煎餅の作ると良いと教えます。

この事が、京の堅焼煎餅の起こりと伝わっています。
八橋検校が亡くなった後、琴の形に仕上げた堅焼煎餅を販売します。

この堅焼煎餅は、「八ッ橋」と名付けられました。
それが、井筒八ッ橋本舗の八ッ橋の始まりです。

文化二年(1805)の事になります。
井筒八ッ橋本舗の八ッ橋は、文化二年(1805)に誕生しました。

聖護院八ッ橋総本店と井筒八ッ橋本舗

聖護院八ッ橋総本店と井筒八ッ橋本舗は、京の八ッ橋の老舗です。
その老舗同士が、八ッ橋の創業を巡って争っているというニュースを見ました。

井筒八ッ橋本舗が、聖護院八ッ橋総本店を提訴したそうです。
法廷で争う事態になっているので、正直なんだかなぁという気分です。

八ッ橋を購入する側からすれば、創業なんて気にしません。
少なくとも、私は全く気にしません。

八ッ橋は食べ物なので、歴史の深さより美味しさが重要です。
ただ、八ツ橋を売る側からすれば、重要な事なのかもしれませんね。

今回は、この両者の争いの事ではありません。
ニュースを見た時、聖護院八ッ橋総本店を撮影した事を思い出しました。

全くブログに出す機会がなかったので、ここで掲載していと思います。

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聖護院八ッ橋総本店本店です。

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この場所になります。

聖護院八ッ橋総本店を出すなら、井筒八ッ橋本舗も出したいと思うのが人というものです。

そういう訳で、撮りに行ってきました。
京阪「祇園四条駅」で下車。

そこから、徒歩3分。

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井筒八ッ橋本舗祇園本店です。

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この場所になります。

井筒八ッ橋本舗祇園本店は、かつて北座があった場所で営業しています。

掲載する機会がなかった「聖護院八ッ橋総本店本店」。
「井筒八ッ橋本舗祇園本店」と一緒に掲載出来て良かったです。

まぁ、両社は争ってはいますが、それはそれとして置いておきます。
両社には、美味しい八ッ橋を提供して頂ければ、個人的には嬉しいです。